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HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

分散した実務の身体知と戦争忘れた人たち

経済の外部性というのだろうか、ごくごく経済の話に限っても会社組織というものは、通常の一般常識、商慣習だけではまわらない。内部の誰かが思いっきり犠牲を払うか、誰かに押し付けるかしている。また、面白いほど社長でも会社全部のことには精通できないし、まして制御できない。これは各部門の長でもほとんどの場合、あてはまる。「暗黙知」というには、あまりに瑣末かもしれないが、コピーの取り方から、会社の文書管理から、まして製造機会のメンテナンスにいたるまで、会社組織の身体知とでもよぶべき運営上の知恵は分散している。

この分散した知は、ゴーイングコンサーンでしかない。逆説的だが、会社の存続に不可欠であるために、会社が組織としてまわっている限りは組織内部にあり続ける。これを地域社会にあてはまめれば、ソーシャルキャピタルということになる。国にあてはめれば、戦う技術ということになるのではないだろうか?なぜなら、国の本質は戦うことだから。

山本五十六の言葉をしみじみかみしめている。

国大なりといえども戦いを好まば必ず亡ぶ
天下安らかなりといえども、戦いを忘れなば必ず危うし

山本五十六も、戦争をどこまで避けたかったに違いない。しかし、戦わざるを得なかった。なぜ?海軍そのものが戦う身体知を、米国に強制的に「武装解除」されてしまう日を読んだから。できることなら、石原莞爾のように日米戦争は二十年後、三十年後にしたかったに違いない。

ちなみに、山本五十六とともに海軍三羽烏といわれた米内光政も「欧州戦争不介入、英米不可分、対米不戦、国力を養って国家百年の計を計るべし。」と言っていたらしい。

てな話を人としていたら、それはきっと東郷平八郎の連合艦隊解散之辞が源流だろうとなった。

考えるに、このような古今東西のいましめは、政治のあり方にもよるけれども、そもそもは武人が平和なときにあっても、戦いを忘れないで備えを固くしているかどうかにかかり、それが自然にこのような結果を生んだのである。

われ等戦後の軍人は深くこれらの実例を省察し、これまでの練磨のうえに戦時の体験を加え、さらに将来の進歩を図って時勢の発展におくれないように努めなければならない。そして常に聖論を奉体して、ひたすら奮励し、万全の実力を充実して、時節の到来を待つならば、おそらく永遠に護国の大任を全うすることができるであろう。神は平素ひたすら鍛練に努め、戦う前に既に戦勝を約束された者に勝利の栄冠を授けると同時に、一勝に満足し太平に安閑としている者からは、ただちにその栄冠を取り上げてしまうであろう。

昔のことわざにも教えている「勝って、兜の緒を締めよ」と。

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