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HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

「眼球譚」読了

「生きがいについて」読了エントリーの後が、バタイユかよと。我ながら呆れる。

眼球譚 太陽肛門/供犠/松毬の眼 (ジョルジュ・バタイユ著作集)

眼球譚 太陽肛門/供犠/松毬の眼 (ジョルジュ・バタイユ著作集)

眼球譚(初稿) (河出文庫)

眼球譚(初稿) (河出文庫)

本書は、冒瀆的な、極めて冒瀆的で破壊的な物語。この実に非道徳的で破滅的な本書を、私は小学生の頃に某図書館で読んでしまった。さすがに、こんな本を小学生の手の届く開架式の本棚に置いておくなよといいたくなる。私には、その時の衝撃を未だに払拭できていない面がある。

本書の内容を実に適切にまとめてくださっている方がいる。

私としては、眼球は「意識の位置」のモチーフだと思った。

バタイユは、「アセファル(無頭人)」という秘密結社を創設し、森の中で羊の首を切断するなどの儀式を続けた時期がある。同じ時期に交流があった岡本太郎の著書の中にも、バタイユと森の中でなんらかの儀式をした事が書かれており、深い交流があったという。

(略)

いつか松本人志が、「松本にちんこがついているのではない、ちんこに松本がついているのだ」と言っていたが、近い話なのかもね。

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今更ながら驚いたのは、バタイユの思想にはコジェーブを通したヘーゲルがいたと。そう、あのフランシス・フクヤマの「歴史の終わりと最後の人類」の底本だと言われるコジェーブだ。

アレクサンドル・コジェーヴヘーゲルに関する講義に、衝撃を受け、打ちのめされる。ロード・オーシュ名義で発表された処女作「眼球譚」をはじめとして、トロップマン、ルイ三十世、ピエール・アンジェリック等の様々な筆名を使ったことでも有名。

ジョルジュ・バタイユ - Wikipedia

歴史の終わり〈上〉歴史の「終点」に立つ最後の人間

歴史の終わり〈上〉歴史の「終点」に立つ最後の人間

歴史の終わり〈下〉「歴史の終わり」後の「新しい歴史」の始まり

歴史の終わり〈下〉「歴史の終わり」後の「新しい歴史」の始まり

だとすれば、道徳も、倫理も、常識も、宗教も、思想も冒瀆しさるシモーヌと「私」こそが「最後の人類、The Last Man」なのか?


■追記

やっぱり、キリスト教の伝統の中に育たないと、そもそもバタイユが冒瀆しようとするものすらわからない。

ただサドやバタイユのごときものは、ピューリタニズム臭を感じる母への反抗から、また聖域住人の典型なシスター達の表象に見えるイノセントなものへの反発から、そしてイエスやマリアのごとき聖なる存在、つまり聖、神なるものへの反発ゆえに、そういう方向へと必然として行ったという感じだった。キリスト教倫理が作りだすものへの反発と破壊、あの息苦しさを伴う世界からの脱出は、当時の自分には魅惑的でもあった。

信仰の話 - あんとに庵◆備忘録

なんたって、前述の小学生でも手の届くところに本書を置いていた図書館は、仏教系の図書館だった。そりゃあ、この手の本への警戒も薄いわけだと。

ちょっと読んでみようかなと。

バタイユ入門 (ちくま新書)

バタイユ入門 (ちくま新書)