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HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

成田空港の検問廃止

これはびっくりした。あえて全文を転載させていただく。

成田空港は、過去の建設反対運動の影響で全国の空港で唯一続けている入り口での検問を遅くとも再来年3月までに廃止し、「爆発物探知犬」を配置するなど新たな警備システムを導入することを決めました。

成田空港では、昭和53年に開港直前の管制塔が占拠される事件が起きるなど激しい建設反対運動があった影響で、開港以来、入り口に警備員を配置し、一般の利用客が入る際にも本人の証明書類の確認や手荷物の検査といった国内の空港で唯一の検問が行われています。
これについて、成田空港会社の夏目誠社長は26日に開かれた記者会見で、「航空機の発着回数の増加やLCC(格安航空会社)専用ターミナルの整備を控えて、利用客の増加が見込まれるなか、検問の廃止が必要だ」と述べました。そのうえで夏目社長は、現在6か所で行われている検問を遅くとも再来年3月までにすべて廃止し、ノンストップで通過できる新たな警備システムを導入する方針を明らかにしました。
新たな警備システムでは、爆発物を嗅ぎ分ける訓練を受けた「爆発物探知犬」を空港に配置しゲートや駐車場などを巡回させることにしています。
また、人の顔を撮影して識別する監視カメラを150台設置し、不審な人物の行動などをチェックするということです。
成田空港会社の夏目社長は「警察とも協議しながら可能な限り早い段階で新たな警備システムを導入したい」と話しています。

成田空港 入り口検問 再来年3月までに廃止へ 9月26日 12時4分

成田はある意味テロに屈した空港であった。

開港4日前にあたる1978年3月26日、成田空港に反対派ゲリラが管制塔に乱入し管制塔内の機器を破壊した(成田空港管制塔占拠事件)ため、開港が5月20日まで延期となった。

成田国際空港 - Wikipedia

ついこの間まで用地買収のために必要な千葉県の収用委員会され、テロのために成立していなかった。

もっとブログに書くべきことを書こうと思っていた。

しかし、いつぞやお会いした、もう既に亡くなられてしまった方のことを夕方に思い出したら、他のことが書けなくなった。

その方は、杖をついて必死の形相で仕事にあたられていた。そう、弁護士だった。ずいぶん前になにかの会合でお会いした。

まだそんなお年ではないのになぜ杖をつくような状態になってしまったのか、その時はわからなかった。

ずいぶんたってから、テロによって半身不随の状態になってしまったのだと知った。そして、数年前に亡くなられたと聞いた。弁護士事務所も閉鎖されたと聞いた。

その方は、誰もが尻込みされた千葉県の土地収容委員長に就任された。そして、文字通りの闇討ちに遭い、前述の半身不随の状態になり、老衰とはほど遠い年齢でありながら、亡くなられた。

この方の後、ずいぶん長い間、テロを恐れて委員長に就任される方がいなかった。テロに屈したのだ。「成田」以外にも影響は大きかったと聞いている。「闘争」をしている方々はそれを「勝利」と呼ぶのだろう。

「成田闘争」の犠牲者 - HPO:機密日誌

検問はテロに屈した空港の象徴であった。それが、廃止されるのは新しい成田空港の時代の到来を予感させる。