HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

ニッポンイデオロギー?

笠井潔が本書でなにを言いたいのか、どうにもわからない。

8・15と3・11―戦後史の死角 (NHK出版新書 388)

8・15と3・11―戦後史の死角 (NHK出版新書 388)

日本が第一次世界大戦を正面から通過していない事実は、昭和史に独特の偏差をもたらしてきた。戦争指導層の二十世紀戦争に関する無理解もまた、この点に直接的な根拠がある。とはいえ、大戦中にバーデンバーデンで日本の中央武官が会合を開き、これが統制派の出発点となる事実からも窺われるように、総力戦の衝撃に日本軍中枢がまったく無自覚だったとはいえない。にもかかわらず対米開戦に転げ落ちてしまうところに、この国を骨絡みにしているイデオロギー的な病理がある。

日本陸軍のまさに総力戦への思想的深まりと準備体制にすちて詳細に調査しまとめられた「未完のファシズム」が、日本が戦った初めての総力戦「青島戦」から始まるように、日本は太平洋戦争以前に十分に総力戦の意義を理解していた。総力戦を体験して、その意味するところを研究し、理解した上で、日本は総力戦はそもそも戦えないのだから、殲滅戦の一撃必殺にかけるしかないという結論に至った。殲滅戦が敗れれば、あとはもう肉弾戦、特攻へと進むしかないと。

未完のファシズム: 「持たざる国」日本の運命 (新潮選書)

未完のファシズム: 「持たざる国」日本の運命 (新潮選書)

強いて言えば、一度は構築した総力戦を殲滅戦として闘うという体制が、数々の失脚、惨殺、青年将校の暴発によってくずされてしまったことが日本の悲劇であったかもしれない。

結局、日本という国は絶対独裁をゆるさない政治史の国であった。太平洋戦争に至る道では、数多くの近代戦争に必須である国家総動員体制のリーダーたるべき人財が失脚した。

しろしめす国と未完のファシズム - HPO:機密日誌

「総力戦研究所」の東条首相への「報告」にも笠井は触れてはいる。当時の指導者たちが、日米戦争の模擬結果の結果を十分に理解した上でさえも、太平洋戦争に巻き込まれて行ってしまったところに、当時の事態の奇妙さはある。だが、それは非常な国際政治謀略の結果だ。日本が日本のイデオロギーに拘泥したからではない。

だから、笠井が当時の戦争指導者の無知をなじるのが私には理解できない。

日本の戦争指導者の無知と歴史意識の欠如を覆い隠すものとして、「空気」は絶妙に機能した。「空気」が変われば、日本人は立場も思想も雪崩をうって正反対の方向に変わる。過去の誤りを反省し将来に生かすことなく、同じ事を無限に反復せざるをえない。

そもそも、山本七平が「空気」と言い出したのは、戦中の指導者たちの戦後の転換を見てからのこと。ここでの「空気」の作動をうんぬんしても、それはその現象を説明するために言い出されたモデルにすぎない。トートロジーだ。ここをもって、日本が反復同型の間違いを犯し続けていると、思想の面から類推するのは間違っている。どこの国が、過去の近代戦を反省して、同じ間違いをせずにすませただろうか?その時その時の軍略と、自国と相手国の総合的な意味での資源と、置かれた立場、状況によって戦争の勝ち負けは決まる。

以下、原発も反復同型だとの論にいくようだが、原発も故障するときは故障する。これから百基以上を設置しようとする極近い隣国、中国の原発を心配していほしいものだ。

笠井潔の小説は好きだが、論考には重大な欠陥があるような気がしてならない。