HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

義経ケータイ : 親子兄弟でショーバイすることの難しさ

本書を読むほとんどの方は頼朝と義経の関係をひとつの比喩として受け止めたはずだ。私のような中小企業の経営者には違う。本書は親子兄弟であっても一緒に商売をする限り守るべきルールをそのまま書いている。

もしも義経にケータイがあったなら (新潮新書)

もしも義経にケータイがあったなら (新潮新書)

詳しくは夜寝る前に時間があればまた書く。




兄弟で経営することの難しさを語りだせばきりがない。恥ずかしながら、我が家にはこの類いのケーススタディーが100年分語り継がれているからだ。基本的には、兄弟で経営などしないほうがいい。

兄弟でもうまくいってらっしゃるお会社は、ルールを厳格に運用されているように見える。人事権は兄の会長、日常の執行は弟の社長と言った具合に、権限を明確にされている。一方で、ありとあらゆる機会で勉強をされていて、金太郎あめのように理念が一致している。その上、報告連絡相談は、他人以上に行われている。そういう風に見える。

だから、この本のタイトルにある兄弟「経営者」のケータイによる会話は間違っている。

もし義経に携帯電話があったとして、屋島合戦直前、摂津渡辺港から頼朝に、
「あー、もしもし、兄ちゃん?オレオレ。海が荒れちゃってよー。梶原がビビって出港したくねえって言ってるんだ。オレが遭難したらあとは梶原に任せるからよぉ。梶原、ちょっとアニキとかわれ。オレに何があっても、お前の責任じゃねえって言ってくれるからよぉ。」

著者の鈴木輝一郎氏自身は、兄弟経営者を見たことがないのだろう。部下の前で、「兄ちゃん」などと読んだ時点でアウトだ。兄弟であっても、公の場であれば「社長」、「副社長」などと役職名でよぶべきだ。

また、「梶原、かわれ」と言わしめているということは、部下の前で兄弟でケータイを通して会話していることになる。しかも、梶原は頼朝から送られた「軍監」(ぐんげん)だ。軍監とは、「OJTリーダー」だと本書で解説されている。本来、頼朝との連絡にも梶原を通すべきだ。それを特権的にケータイで梶原を飛び越して、頼朝と話しをすること自体が、周りから見れば「兄弟でなれあっている」と見られる。もっと言えば、それぞれで一派をなすような動きを社内でしてはならない。ましてや、兄弟喧嘩を社員の前でしてはならない。社員の前でケータイではなすことは、兄弟喧嘩の場面を見せるリスクを追っている。

従って、屋島の場合、十分に現場で議論した上で、部下のいない場で十分に兄である頼朝と話しをした上で、そのことはおくびにも出さずに梶原からケータイならケータイで頼朝に電話をさせ、意見具申をさせ、決定させ、それに従う。それくらい他人行儀な気遣いが兄弟経営者には必要だ。 *1

*1:あ、じゃ、危機の場合はどうするかっていえば、それは現場優先。現場優先したあとで、腹をくくってあとで報告する。