HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

人は人の欲しがるものを欲しがる。ゆえに、ボスニアでは7000人が処刑され、ルワンダでは100万人が虐殺された。

「人は原子」は実に刺激的であった。前にも書いたが、私がブログで肉薄しようとしてかなわなかった社会的な現象へのべき乗則非平衡物理学的アプローチが見事に解説されている。

本書は、非平衡系の物理学的な知見と人の社会を比べることにより、なぜ金持ちはますます金持ちになるかとか、なぜ平和であったルワンダボスニアのスタジアムで大虐殺が起こったかを説明している。先日の「歴史はべき乗則で動く」に続く。なかなか画期的な視点だ。

安冨先生が示された方向性は、いまこそ注目されるべきだろう。ちょっと長いが引用する。

かくして、血族集団からより大きな社会集団へ「進化」をとげ、その構成員の間でのセクシュアリティーや生産物の取引が生まれると、より一般化された言葉が生まれ、言葉の延長に貨幣が生成し、「商人」が必要になり、べき乘分布的に「資産」が蓄積され、いつか貨幣も資産の価値も消滅しうる。セクシュアリティーはともかく、ヒトの取引の進化を安冨歩さんはコンピュータシミュレーションと深い洞察を通じて見事に示されたのだと思う。非線型科学、非平衡系の科学が単純なニュートン力学から、時間の非可逆性や秩序の生成を引き出してきたように、「人は人が欲しがるものを欲しがる」といった万有引力の法則といっていいほどごく単純な仮定から取引の発生、貨幣の生成と消滅、商人の必要性、べき乗分布的な富の蓄積といった現象をシミュレーションで示した功績は大きいと私は信じる。こうした経済活動というのは、本質的に複雑系のネットワークなのだ。

「もったいないからおもいやりへ」 複雑系の倫理学試論 第三稿 - HPO機密日誌

(強調はHPO)*1


本書の分析によれば、「スタンフォード監獄実験」において学生に囚人と看守を演じさせる実験が制御不能になったのは、狩猟採取の時代から、人は近くの人に大きな影響を受け、まねをするようにプログラムされているためだという。このために、反倫理的で長期にわたる集団秩序の維持とは矛盾する行動でも、周囲の人が行っているのを見ると影響され、簡単に受け入れ、自ら実行するようになるのだという。ここまでは、「友と敵」理論にすぎない。シュミットの60年前の理論と同じだ。

本書は、この過程を相転移としてとらえている。ブキャナンは、金属がNとSの磁力を持つにいたる相転移の過程と比べた。N−Sの磁性は、単に外部からの磁力線だけではなく、金属内部ですでにN-Sに転移した部分も磁力線を出し、N-Sの分化をより強化する作用を持つのだ。私が「パーコレーション」と呼んできた現象と同じだ。拍手の始まりと終わり、疫病やうわさの流行と同じべき分布をしめすことになる。事実、人種の区別をつけたセル・シミュレーションでは、繰り返しゲームにおいて「自分と同じ人種だけ信頼する」戦略が優位になったのだという。

Ethnocentrism is a nearly universal syndrome of attitudes and behaviors, typically including in-group favoritism. Empirical evidence suggests that a predisposition to favor in-groups can be easily triggered by even arbitrary group distinctions and that preferential cooperation within groups occurs even when it is individually costly. The authors study the emergence and robustness of ethnocentric behaviors of in-group favoritism, using an agent-based evolutionary model. They show that such behaviors can become widespread under a broad range of conditions and can support very high levels of cooperation, even in one-move prisoner’s dilemma games. When cooperation is especially costly to individuals, the authors show how ethnocentrism itself can be necessary to sustain cooperation.

[機械翻訳]
民族中心主義は、一般的にグループ内の好意を含む、姿勢と行動のほぼ普遍的な症候群です。経験的証拠は、グループ内を支持する傾向は任意のグループの区別によっても簡単に引き起こされる可能性があり、グループ内の優先的な協力は個別にコストがかかる場合でも発生することを示唆しています。著者らは、エージェントベースの進化モデルを使用して、グループ内の好意の民族中心的な行動の出現と頑健性を研究しています。彼らは、そのような行動が広範囲の条件下で広範囲に及ぶ可能性があり、1移動の囚人のジレンマゲームであっても、非常に高いレベルの協力をサポートできることを示しています。協力が個人にとって特にコストがかかる場合、著者は民族中心主義自体が協力を維持するためにどのように必要であり得るかを示します。

SAGE Journals: Your gateway to world-class journal research

虐殺までがべき分布するとはなんとも悲しい限りではある。もっとも、破壊という行為自体ある種の相転移なのかもしれない。

余談だが、本書にでてくる話題の半分くらいは「ブラックスワン」と共通している。「エル・ファロルで一杯」なんて、小見出しまでいっしょではないか?ポパーなどの引用、人間の不完全さについての記述も驚くほど似ている。先にあげたボスニアの悲劇やルワンダの虐殺も考えてみれば、タレブが自分自身のレバノンにおける半生を語った部分に相当する。

しかし、タレブが哲学に走り、応用不能な地点にまでいってしまっているのに、マーク・ブキャナンは、物理学的な記述を続け、実験、モデル、シミュレーションが可能な形で論を進めている。原著の出版年も07年とほぼ一緒のようだ。だが、たぶん売れ行きでいえば圧倒的に「ブラック・スワン」であろう。誠に不思議なことだ。


■注意

コメントで補足しています。ご覧ください。


■「お姉ちゃんの赤いスカート」

いつだったか、妹の少女マンガを読んでいて、ひとりの男を好きになってしまった姉妹の話があった。そのヒトコマで「小さい頃、お姉ちゃんの赤いスカートがとても欲しかった。」と独白する妹がいた。カラーページでなかったのに、ひらひらと舞うスカートの赤い色が見えた気がした。ああ、人は人が欲しいものを欲しがるのだと、その時につくづく実感した。


■参照

御意。

困るのは、いつバブルが崩壊するのかを事前に予測する理論がないことだが、経済のようにきわめて複雑な非線形システムのふるまいを予測するのは、自然科学でも無理だ。たとえば東海地震がどれぐらいの規模になるかは予測できても、いつ起こるかは予測できない。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/abd2294d80921b5d3e6b6939f7200b83

同じポイントに興味を持たれた方がいる。あとでコメントにいこうっと。

*1:って、自分のブログじゃん!