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HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

天鬻

皇紀2669年の紀元節にあたる今日の佳き日にある地鎮祭に参加した。四方祓いにお米を巻いているのを見ながら、なぜ仏教などの地鎮祭でも粥や穀物を地面に巻くのかと思っていた。

ぐぐってもでてこないのだが、「天鬻」*1という言葉を聞いた。たしか、荘子の中の言葉ではなかったろうか。「明日を思い煩うなかれ」ではないのだが、天は必ず私たちに恵みを与えてくれるという意味だと思う。だから、天を信じて不安を持たずに生きなさいと。

穀物はもとから天のめぐみを得て、産土の大地がはらみ、私たちのからだを養ってくれる。その穀物を地鎮めにまた地にまくというのはどういう起源の儀式であるのか。

すこし時間をかけて探求したい。


それは人の手が加わって初めて穀物がとれるからだ。

恵みに感謝することは永劫と一体になりたい願望だ。天の恵みを受け取り、人の力がくわわってできたものを市場にだせば商品になってしまう。元へ返せば無償贈与の裏返しになる。

まさに「ボロメオの結び目」は三位一体なのだ。また、キリスト教で三位一体が正統とされなければならなかったかも、まさに同じ構図ではないか?真言、「オーム」が西に伝わり「アーメン」になったと聞く。人の宗教的思考は、「法」であるため、驚くほど似通っている。


私がこの言葉を知ったオリジナルの言葉を写しておく。

天鬻:荘子、徳充符

天に養われる、人為によって養う必要がないこと。無為自然
意図しない、何一つ意図しない人間は知を必要としない。
分別しない、一切を分別しない人間は規範を必要としない。
本性を損なわない、本性を損なわない人間は補足を必要としない。
自己を売り物にしない、自己を売り物にしない人間は取引を必要としない。

荘子の元の言葉はこちらのようだ。

故徳有所長而形有所忘、人不忘其所忘而忘其所不忘、此謂誠忘。
故聖人有所游、而知為I、約為膠、徳為接、工為商。
聖人不謀、悪用知。
不斫、悪用膠。
無喪、悪用徳。
不貨、悪用商。
四者、天鬻也。
天鬻者、天食也。

I くつ 屨 {尸「[彳婁]}

*1:当初、「天粥」と書いていたが、間違いでした。すみません!!!!いくらぐぐっても出てこない訳だわ...orz