HPO機密日誌

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

小さな石

生活とか、子どもをなすこととか、結構シンプルで人間らしい行為だな、と。

むかしむかし、インディアンの少年がいました。名前は「小さな石」といいました。大きな草原にお父さんの「大いなる鷲」と二人で暮らしていました。少年が13歳になったとき、少年は酋長の娘の「野原のタンポポ」が好きになりました。「小さな石」はお父さんに「『野原のタンポポ』と結婚したい。どうしたらよいか。」と話しました。お父さんは「まだ早い。自分で家を作り、狩ができるまで待て。少なくともあと2回は冬を越さなければならない。」

2年はあっというまにたち、少年はたくましい青年になりました。「大いなる鷲よ。ぼくはもう自分で家をつくれる。狩の腕前は村で一番だ。今こそ『野原のタンポポ』を娶りたい。」と、またお父さんに訴えました。「それでは、お前は大人になり、戦士であり、狩人であることの証に足につるの縄をつけて『死の谷』へ飛び降りて見せなければならない。そして、ナイフひとつで底から上がってくるのだ。」とお父さんは答えました。「死の谷」の底では、魔物が襲ってくるといううわさでした。何人もが自分の勇気を示すために飛び降りていきましたが、戻ってきた男は指で数えられるほどでした。

 いよいよ『死の谷』へ飛び降りる前の晩に「小さな石」は「野原のタンポポ」に会っていいました。「恋人よ、ぼくは勇気を示すために谷へ飛び降りる。そして君を必ずぼくのものにしてみせる。」タンポポは応えました。「あなたの勇気を見せてちょうだい。きっと父の酋長もあなたの勇気を認めてくれるはずだわ。」

 『死の谷』への跳躍の日が来ました。村人達はドラムをたたき、「小さな石」をはげましてくれました。「小さな石」は体中に先祖から伝わる魔よけの模様を赤い土で描きました。夜が来て、金星がまたたき、流星が落ちてくるのがいくつも数えられました。「小さな石」は谷の上にたちました。谷底は暗く何も見えません。ただ、頭の上の星だけが輝いていました。

 「小さな石」は大きな声で一声叫ぶと、頭から谷へ飛び込んでいきました。

なんか話が記憶の中でごちゃごちゃになってる。

シュナの旅 (アニメージュ文庫 (B‐001))

シュナの旅 (アニメージュ文庫 (B‐001))

ちなみに、「シュナ」って「アルジュナ」と似ているけど、違うのかな?

ウィル・スミス演じるバガー・ヴァンスという名前も多分バガヴァットのもじり、ギータの中でクリシュナが語りかけるアルジュナ王子から多分マット・デイモン演じるジュナの名前がきている。

[書評]バガー・ヴァンスの伝説 小説版: HPO:個人的な意見 ココログ版

しかも、二重投稿が発覚...もうもうろくしとるな、おいらは。

私の中で、痛みと愛は結びついているように感じる。愛ゆえの痛み、痛みゆえの愛。愛も痛みもどちらも身体感覚だ。相手が私に与えるぬくもりとにおいという感覚と、相手が私に与える苦痛と苦しみという感覚は、実は近しいものだ。そして、痛みも愛も、時間とともに風化し、神話と化していく。

試練としての痛み Dear Prof. Eliade: HPO:個人的な意見 ココログ版

なんつうか、それは「天空の城、ラピュタ」みたいなもんだ。これからどうなるかわからない。


以下、日が変わってから

エントリーを起こした時点でなんでこんな並べ方をしたのか分からなかった。

朝、歩いていて男はやはり一度自分を失うほどの苦難、死の体験をしないと男に成れないなのだと言いたかったのだと気付いた。

んなもんだ。

インドネシア人に最も人気あるスーパーヒーローは三男アルジュナ(Arujuna)神である。ジャワ語読みではアルジュノである。アルジュナは気品のある美男子の典型で女性にもてる。契った女は無数で、従って子供も数え切れない。

H-3 神話の系譜

ありゃ、そうなのね?死を乗り越えた男は多くの子どもをなす...

嗚呼、こうした英雄譚はごく身近にもあるな。

なんかやっぱり円環をなしている。すごいな。


以下、マルコさんの「一度死ななきゃ駄目だよね」を読んでから

ちょっともういかなきゃいけないから、あとでちゃんと書くけど、もうマルコさんを抱きしめたいくらい感謝感激の雨だぜぃ。

自分で後がかけないなと思っていた「小さな石」の結末を教えてくれた。こんな素敵な歌!

確かに死んだはずのあの男が帰ってきたぜ

村中が大騒ぎさ 犬もネコも腰抜かし
男は気にもせず 一直線に恋人の家へ